プロパンレディス

プロパノータ wrote

日本で唯一のプロパノータ楽団「プロパンレディス」。

藤枝工房時代に結成されました。

先日その面々が葛飾まで遊びに来てくれましたヨ。

 

皆さん藤枝工房のご近所さん。

工房裏の大家さん、お隣の床屋さん、お向かいの自転車屋さん、100mほど離れた地域のボス。

その他100mほど離れたところ、車で10分程度のところとすぐに集まれる、とても都合の良い楽団員たちでした。

 

それまでは大家さん以外とは挨拶程度でお話ししたこともありませんでしたが、プロパノータをきっかけにずいぶん仲良くしていただきました。

いつかの夏にはみんなで南アルプスへ「プロパン合宿」へも行きました(登山好きなレディがいて、全部段取りしてくれた)。

 

それぞれお孫さんがいる方々。楽器の経験は小学校で習った程度。

そんなバ~バラ達が「音色がキレイ」といって集まり練習を始め、その結果、今でもディサービスや地域のコミュニティなどから声を掛けられ演奏披露になかなかお忙しいようです。すごいネッ!!

 

正直言いまして演奏自体は、人様をうならせるようなことは出来ませんでしたが、それでも各自がとても前向きに取り組んでくださり、今でも楽しんでくださっていることは嬉しい限りです。

 

演奏曲は、高齢者相手が多いので童謡だったり唱歌だったりが多いようですが、本人たちはやや物足りなさを感じているようです。

(実際、曲の演奏はレディスには既にそれほど難しくはないからね)。

 

僕がいた当時から「既存曲」以外にもリズム主体の演奏などにチャレンジしていました。

ところが思うようにそういった演奏は出来ませんでした。。。

 

一番の理由は、その手の音楽にレディスたちが馴染みがなかったからだと思います。

 

それまで多様な音楽には触れていなかったので、いきなりリズム主体の「ガムラン」みたいなことをしてみても、当の本人たちが

 

「これでいいの?」「あってんの?」「こんなんでいいの?」

 

と常に不安を感じながらの演奏になってしまいました。

 

僕は僕で系統的に打楽器を学んだわけではないので、教え方も感覚的になってしまうマイナスがあったかもしれません。。

(楽譜主体のレディスとは言い合いになりながらも、楽しく素敵な時間でしたけど)。

加えて、全員が全く同じ楽器での演奏。これも難しくした一因ですねぇ(例えるならみんなギターって感じです)。

 

それでも当時はバ~バラ軍団よりもグンと若い世代のメンバーが、低音ベース担当だったり、プロパ・ドゥ(やっぱり低音楽器ね)だったり、僕の打楽器類を持ち出したりで何とか変化をつけていました。

ウドゥと低音ベースは藤枝を去る際に、残してきましたがアイデア的にどのように取り入れてよいのかわからないのが悩みだそうです。

 

レディス達は小中学校時代、音楽の授業は先生に言われたことを「キチンとやる」教育をみっちり受けたため「自分たちで作り出す」ということは「と~っても難しい」と言っていましたからね。

 

それはそうですよね。。。。

 

僕はちゃんと習ったわけではないけれど、打楽器類が好きになって遊んでいるうちにそこそこのことが出来るようになりました。

リズムの組み合わせなんかもパッと浮かびます。

でも、例えばもしこれがダンスだったら。。

こうしなさいと基礎的なことを習っただけで、自分の中から「踊り」が苦も無く生まれてくるとは思えませんからね。

(やっぱり、こうしなさいと言われる方が楽だし・・)。

 

そんなレディス達ですが、もの凄く「ノリノリ」になってリズムを奏でていた時もあったなぁ。。

床屋の松村さんなんて、今にも踊り始めそうな勢いでしたからね!

ガラス張りで外から丸見えの工房での練習は、通りを行く人たちから不思議そうな目で見られていました。

 

技術的なことよりも、精神的なことの方が重要だったりするからねぇ。

そういったことは、叩いたりする直接的な練習もさることながら、見たり聞いたりとの所謂「感性」を育てることも見逃せないことですよ。

 

何はともあれ、皆さんお元気そうで何よりでした。

葛飾の工房では懐かしい話や、ワシそっちのけで近所の「誰々さんが~」などなどガールズトークに花が咲いていましたが

久々の再会は、楽しかった日々が思い出されよかったです。