4/11 小さな音の効用①

プロパノータ wrote

プロパノータに限らず打楽器は叩けばすぐに音は出ます。

この点は他の楽器に比べてとっつきやすい点と言えるでしょうね。

何らかのイベントや、メディアなどが取り上げてくれたときなども「じゃぁ、皆さんでセッションという形で」ということが多く、たいていそれに参加した人は「いやぁ、気持ちいいねぇ、楽しいねぇ」と言ってくれますが、

 

「それホントに言ってんの?????」

 

と僕はいつ心配になります。。。実はワシ、あんまりオモロクナイヨ。

(ホントに楽しんでくれているならいいんですよ・・)

 

何故ならみんなそれぞれ勝手にやっているだけで、全く調和していないとしか思えないからです。

そうなると楽器としての評価にもつながるのでちょっと不安。。。。

 

先日来たお客さんは楽器未経験者で、何か楽器を始めてみたいと思い調べるうちにハングドラム~ハピドラム~プロパノータにたどり着き、動画ではなく実際に音を聞いてみたいということで工房まで足を運んでくださいました。

 

マレットで叩いてみてもどこか恐る恐るといった感じで叩きかたもぎこちない。

当然のことですが慣れるまで、または自分のものにするまで(買う前はお店にある商品ですからね)は遠慮などが働いてうまく叩けないということは良くあることです。

 

例えばお箸やら鉛筆やらでも持って、自分の太ももでも叩けばいい感じで力も抜け、ぎこちなさもあまりないんじゃないですか。

これはお箸やら鉛筆などは日常的に使っているので指がすでにそれらを認知していること、同様に自分の太ももも体の一部ですから気負う必要が全くないという2点が大きく影響していると思います。

ところが、いざ「楽器」を叩くとなるとどこかで何らかのスイッチが入ってしまうと思うんです。

ですので、以前藤枝でレッスンなどをしていた時には「スグに楽器をたたかないで、太もも叩いてみて」とよく言っていました。

(気負わなければすぐに出来るですよ。でもその先は練習次第)。

 

その先日来たお客さんは、仮にスドウさんとお呼びしましょう(本人がそう言ってましたので)、そのスドウさんも遠慮がちに随分小さく、ささやくような音で叩いていました。礼儀正しい若人でしたし。

せっかくなので僕もそれに合わせてささやくように叩いてみたのですが、とても具合の良い感じになりました。

 

何気なく叩いているとき、誰かがそれに合わせてくると何となく緊張しちゃうかもしれませんが、その時はお互いに単純な繰り返しをささやくように淡々とやっていたのが良かったのだと思います。

スドウさんも初めてだったけど、気持ち良かったということでした(これはたぶん本心)。

「ワシの音もよく聞こえた?」とおききしたらよく聞こえたということでした。重要なことです。

 

これが大きい音になると、だいたいが相手の音に気付かづ「勝手にやってる」状態になっちゃうと思うのです。

良く話し方教室でも言われる最大のコツ「相手の話をしっかり聞く」といったことが抜け落ち、「自分の事ばっかりしゃべっている状態」ってなことじゃないでしょうかね。

 

そんな時、僕が「小さな音でセッションしましょうヨ」「ちょっとそろえてみますか」なんて言うことはないです。

「お好きにやって」というスタンスですのでね。

「楽し~」なんて言葉を聞くと「ほんとにそんなバラバラで楽しいの??」とは思うものの、人がどう思っているかはよくわからないので、とりあえず笑ってすますことにしてます。

 

小さな音で叩くとそれだけで「心の持ちよう」がちょっと違ってくると思いますよ。

上手い下手は別として、ひとつひとつの音に気持ちが入って、丁寧に出そうという意識が働くんじゃないでしょうか。

 

気持が入っている入っていないというのは、「ひじょ~~~に重要」だと思います。

一つ一つの音を味わっていないと、例えテンポなどリズムの重要な要素が正しくても面白くないんじゃないかなぁぁって思います。

どこか聞いててつまらない。

 

以前ラジオから幼稚園児たちが歌う「青い山脈」が流れてきました(懐メロですね)。

(お寺さんが運営している幼稚園ということで園児に古い歌を教えているとか)

まだまだ小さい子たちだから歌自体は決して上手ではないかもしれないけど、一生懸命に歌っている姿が伝わり、しびれましたねぇ。。

きっと大切なことはそんなこったろうと思います。

 

小さな音の効用は他にもあると考えています。長くなるのでそれはまた今度。